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静岡地方裁判所浜松支部 昭和49年(ワ)271号 判決

原告

丸智工研株式会社

右訴訟代理人

米田泰邦

被告

鈴木自動車工業株式会社

右訴訟代理人

藤本博光

外三名

主文

被告は原告に対し別紙目録(一)記載の特許権につきなされた同目録(二)記載の仮登録の抹消登録手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈略〉

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、別紙目録(一)記載の特許権(以下本件特許権という。)を有しているところ、被告は、本件特許権につき特許登録令二条に基いて別紙目録(二)記載の仮登録(以下本件仮登録という。)をしている。

2  しかしながら、本件仮登録は、次の理由により抹消されるべきである。

(1) 原、被告は、昭和四三年五月一〇日、本件特許権の通常実施権設定の契約(以下、本件契約という。)を締結したが、本件契約は、そもそも本件仮登録の原因となり得ない。というのは、本件契約の如き通常実施権設定契約の中には、原告の被告に対する通常実施権設定登録義務は当然には含まれておらず、被告より原告に対し右登録手続を求めるためには、原告の被告に対する右登録を承諾する旨の特約を要すると解すべきである(最高裁判所昭和四八年四月二〇日判決、民集二七巻三号五八〇頁参照)からである。そして原告が被告に対し右登録を承諾する旨の特約をしたことはない。

(2) 仮に、本件契約の中に当然に右登録義務も含まれると解しても、本件契約は、次のとおり失効した。

(イ) 原告は、本件契約締結当時、被告の下請会社であつたため、本件契約は、原、被告間における正常な下請関係の存続を前提としていたもの、換言すると、被告の責に帰すべき事由による右下請関係の消滅を解除条件としていたものであるところ、右条件は、昭和四六年五月二五日の被告の責に帰すべき事由による右下請関係の消滅により成就した。

(ロ) 仮にそうでないとしても、本件契約は、被告の実施料という経済的対価を伴わない、使用貸借類似の契約であつたため、使用貸借契約における法理の類推を受け、原告に当初より解約権が存していたことになるものというべきところ、原告は、昭和四八年三月七日、被告に対し右解約権を行使した。

(ハ) 仮にそうでないとしても、本件契約は、原、被告間における信頼関係の存続を前提とし、被告の背信行為があると原告に当然に解除権が発生することになるものというべきところ、被告は、前記のとおりその責に帰すべき事由により原、被告間の下請関係を消滅させるという背信行為にでたため、原告は、昭和四六年五月末日頃および同四八年三月七日、被告に対し、右背信行為より発生した解除権を行使した。

3  よつて、原告は被告に対し、本権特許権につきなされた本件仮登録の抹消登録手続をすることを求める。〈後略〉

理由

一〈省略〉

二そこで進んで本件仮登録の基本となる契約の不存在等の存否につき判断すべきところ、そもそも通常実施権設定の仮登録において右基本契約となり得るものは、通常実施権設定登録をする旨の特約に限られるもの、すなわち「特許権者からたとえ許諾による通常実施権の設定を受けても、その設定登録をする旨の特約が存しない限り、通常実施権者は、特許権者に対し、右通常実施権の設定登録手続を請求することはできないもの」と解するのが相当である(最高裁判所昭和四七年(オ)第三九五号・同四八年四月二〇日判決、民集二七巻三号五八〇頁参照)から、以下においては、右特約の不存在の存否に的を絞つて、吟味することにする。

〈証拠〉を総合すると、

(1)  被告の特許課(但し、昭和四五年までは特許係)では、同四三年三月一五日頃、原告が本件特許権獲得のため特許庁に出願(但し、前記争いのない事実のとおり、その公告は、同月一一日である。)していることを知つたこと。

(2)  そこで右特許課では、一方において、右出願公告に対して特許異議の申立をするための準備を同年四月末頃までに終え、他方において、業界で通常に行われている方法である、右異議申立を中止する代りに原告より被告に対し本件特許権(但し、前記争いのない事実のとおり、当時未登録で、その登録日は、同四七年九月三〇日である。)につき通常実施権を無償で設定してもらうという交渉を、原告との間に開始する方針を決めたこと。

(3)  そして同四三年五月六日、右特許課の担当者林田力は、被告の資材部長の池谷克己に対し、右交渉を池谷と原告代表者との間でとりまとめて欲しい旨依頼したこと。なお林田が原告代表者と直接話し合つたことは、終始一度もなかつたこと。

(4)  翌七日、池谷と原告代表者との間で交渉が行われたものの、原告代表者は、無償による通常実施権の設定を断つたこと。

(5)  そこでやむなく林田側では、前記特許異議の申立をなすべく、右異議申立の期間満了日である同月一一日の二日前の同月九日に、被告会社内において禀議手続をとつたこと。

(6)  ところが同月一〇日になつて、原告代表者の譲歩により、原、被告間で、原告が被告に対し本件特許権につき通常実施権を許諾する旨の合意(すなわち本件契約の成立)をみるに至り(但し、この点は当事者間に争いがない。)、被告は、右異議申立の予定を中止したこと。

(7)  そして池谷は、同日、通常実施権許諾書を入手したが、右許諾書には、通常実施権設定登録に関する記載は、全く存しなかつたこと。

(8)  ところで林田は、同日、池谷より電話で呼び出され、被告の会社内の面接室で、右許諾書を見せてもらつたが、その際、通常、右許諾書と一緒に被告が原告よりもらう筈の本件特許権が登録された際に被告のために通常実施権設定登録をするために必要となるべき書面が存在しなかつたこと。しかしながら、林田は、右許諾書がよく書けていて専門家により作成されたもののように推測されたので、後日右設定登録をする段階になつて右登録に必要な書面をもらえるのではないかと思つて、それが欠落していることを池谷には話さなかつたこと。尤も林田は、それとは別に、右設定登録の手続のために必要な単独申請許諾書については池谷に話し、原告代表者にいずれ必要になるのでよろしく取り計らつてほしい旨伝言してくれるよう依頼したが、池谷より、逆に自分は特許のことはわからないので林田達でやれと叱責されたため、単に特許課の方で必要な書類をもらいにいく時にはよろしく、と原告代表者に伝言してもらう程度に、右依頼を減縮したこと。その後池谷は、原告代表者に対し、意味のわからないまま、特許課の方で特許の手続について必要なことがあつた時にはよろしくお願いしますと伝言したが、その際、通常実施権設定登録のことについては、全く触れなかつたこと。またその頃池谷は、右登録という言葉自体を知らず、原告代表者に向つて右登録という言葉を口に出したことはなかつたこと。

(9)  他方、原告代表者も、被告側より右登録のことについて何もいわれたことはなかつたこと。ところで原告代表者は当時既に、通常実施権を単に許諾しただけの場合とその設定登録まで経由した場合とにおける効力の違いを、弁理士より教示を受けてよく知つていたもので、すなわち、もし原告が本件特許権を第三者に譲渡すると、被告の通常実施権は、登録していないため、右第三者に対抗できなくなる、したがつて、原告が被告に対し設定登録をさせないでおくことこそ、従業員の労苦の結晶である本件特許権を維持するための最後の関門であり、原告にとつての最後の救済手段である、と考えていたこと。

(10)  その後同四七年に本件特許権が登録された後に、林田は、原告に対し電話をしたものの、連絡がとれなかつたこと。それから別紙目録(二)記載の仮登録仮処分命令を得て、本件仮登録を経由するに至つたこと。(但し、前記のとおり、この点については当事者間に争いがない。)

以上の事実を認めることができる。〈反証排斥略〉

以上の事実によれば、原、被告間に、前記通常実施権設定登録をする旨の特約は、存在しなかつたのみならず、右設定登録の約定を本件契約の中に含ませたこともなかつたことが、いずれも明らかである。〈後略〉

(西岡徳壽 大西秀雄 柳澤昇)

〈目録、省略〉

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